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一般財団法人マルチメディア振興センターでは、ICT分野の発展に資することを目的として、ICT分野の政策・制度整備、市場開拓・拡大、技術発展、社会での利活用といった視点からテーマを設定して、調査研究を行っています。主要な研究テーマについては、研究報告書としてとりまとめています。
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2017.10.01

  • 最新研究
  • 田中 絵麻
  • 七邊 信重

アニメ・ゲームによる地域活性化に関する調査研究

本報告書の目的は、アニメーション(以下アニメ)とビデオゲーム(以下ゲーム)が国内や海外の様々な地域でそれを制作する産業と新しい観光形態を生み出していることを記述・説明することである。また、これらの分析を通して、東京以外の地域でアニメ・ゲーム産業や観光を成立させ、地域を活性化させるための条件に関する知見を提出することである。
従来、日本のアニメ・ゲームの制作を生業とする産業は、東京とその周辺で発展してきた。これまで行われてきた調査によれば、アニメ制作会社の本社の80%以上、ゲーム会社の本社の60%以上が東京に立地している。しかし近年では、東京以外の地域に本社を持つアニメ制作会社やゲーム会社の活躍も目立っている。現在では、東京のように人口が多い大都市に居住せずとも、アニメやゲームを制作できるようになっている。
このことは海外でも当てはまる。かつてゲームは、日本や米国、フランスのような一部の国のみで制作・販売されてきた。しかし今日では、フィンランドやポーランドのような国々からも、世界的注目を集め巨大な利益を生むゲームが制作されるようになっている。
また、メディア産業の外側でも、特定の場所を超越する動きが生まれている。そうした現象の一つとして「観光」が挙げられる。アニメやゲームは、ありふれた地域・場所を観光資源に変える。これらは自然の名所や歴史的史跡を持つ偶然に恵まれなかった地域や場所を、観光のために訪れるべき場所に変えることができる。
 上記のような現状に鑑み、本報告書ではアニメ・ゲーム産業やそれが生み出す観光形態について、国内と海外の地域で実際に生じていることに基づいて実証的に考察する。
第1章では、東京以外の地域でアニメ・ゲーム制作を行う会社が活躍するようになった要因を主に分析した。アニメ産業については、ICTの普及や人材育成・確保の必要により、東京以外の地域でアニメを制作する会社が増加している。こうした企業のうち、本論文では、人材の長期育成によりノウハウや人間関係を自社に蓄積すると共に、高品質の映像やクリエイターを大切にする社員制度によってブランドイメージを高め業績も伸ばしている京都や富山のアニメ制作会社の強みや戦略を分析した。また、産学官連携によるアニメ制作と地域活性化を目指す岡山の会社を紹介した。
ゲーム産業については、福岡での取組みを説明した。福岡ではゲーム会社の認知度が低く、人材が九州・福岡から東京に流出していたが、2000年代前半からゲーム制作会社が業界団体「GFF」を設立し九州・福岡をアピールするようになった。さらに、GFF、九州大学、福岡市が、産学官連携組織「福岡ゲーム産業振興機構」を設立し、人材育成・確保やゲーム制作会社のイメージ向上などに共同で取り組んできた。この結果、優れた人材・企業が同地に集まり、国内外で注目を集める作品が登場していている。本報告書では、企業単独の取組みではない産業・大学・行政の有機的なつながりが、福岡のゲーム産業と地域の活性化の要因であることを明らかにした。
 次に第2章では、日本においてアニメ・ゲームによって生まれた新しい観光形態を説明した。日本の地方経済が疲弊する中、数少ない地域振興の手段の一つとして注目されているのが「観光」である。本章では、地域を舞台にしたアニメや「ポケモンGO」のような位置情報ゲームが、ありふれた風景を観光資源に変える現象と、これが実際にもたらす様々な経済的・社会的効果を分析した。
 「アニメの作品中に登場する場所を訪ねる」という形態の観光(ツーリズム)は、「アニメ聖地巡礼」と呼ばれている。アニメ聖地巡礼が社会的に認知されるきっかけとなったのは、2007年の『らき☆すた』である。このアニメ作品の舞台である埼玉県鷲宮町の商工会議所のメンバーは、現地に訪れた聖地巡礼者とのコミュニケーションを通して、これらの人びとのニーズの把握に努め、後に他の地域でも標準的に採用されるようになるビジネスモデルを構築した。それは、「ごく一部の商業関係者だけでなく、自治体も巻き込んだ地域ぐるみの活動にする」「版権元と協力して、新規の商材を用意する」「来訪者向けサービスを充実させる」「定期的にイベントを実施してリピーターを生み出す」「街歩きイベントで、街全体に愛着を持ってもらう」という5要素から構成されている。
アニメ聖地巡礼には、リピーターが多く潜在的顧客の少なさを補うという特徴があるが、経済的視点から見ると、この観光形態には「若者中心で可処分所得が低く、来訪者ほどの経済効果が見込めない可能性が高い」「作品自体の寿命がある」という問題もある。
アニメ聖地巡礼には、「自分の街がヒット作の舞台となる」という幸運が必要であるが、そうした幸運さえ必要でない方法として近年注目を集めているのが、携帯情報端末の取得した現在位置情報を利用するゲームである「位置情報ゲーム」、具体的には『ポケモンGO』による地域振興である。このゲームでは、出現率が低いモンスター(ポケモン)の出現率が操作できるため、観光資源に乏しい地域にプレイヤーを誘導することが可能である。
ウェブ調査によると、『ポケモンGO』プレイ時には、「自販機やコンビニでの飲み物購入」などの全項目で、「よくある」「時々ある」という回答が50%程度で、それなりの経済効果があるようであった。しかし、可処分所得が高く支出額が高い50~60代で男女とも経済行動を取る人の比率は少なく、『ポケモンGO』の経済効果に過度な期待をするのは難しい。
工場誘致などと比べて有効期限がごく限られているアニメやゲームによる地域振興で、地域を存続させるだけの十分な経済効果を得られるかは不明である。ただ、これらは地域アイデンティティを強化するものであり、今後過疎化が進展することが予想される地方で、どの中核都市に住民を集中させるかを考える際に、アニメやゲームによる地域振興で地域アイデンティティを強化した地方自治体が有力な候補となる可能性がある。
以上の分析から、工場誘致などと比べて有効期限がごく限られているアニメやゲームによる地域振興で、地域を存続させるだけの十分な経済効果を得られるかは不明である。ただ、これら(特にアニメ聖地巡礼)は、地域アイデンティティを強化するものであり、今後過疎化が進展することが予想される地方で、どの中核都市に住民を集中させるかを考える際に、アニメやゲームによる地域振興で地域アイデンティティを強化した地方自治体が有力候補となる可能性がある。
第1・2章が国内の産業・観光事例を分析するものであるのに対し、第3章は、海外の事例として、フィンランドのヘルシンキのゲーム産業の成立・発展要因と、現在の新しい取組みを分析した。1980年代以降のヘルシンキのゲーム産業の発展要因の一つは、自社端末向けゲームを下請けに制作させたノキアの存在である。しかし、草の根のホビイストやマニアがいなければ、ゲーム産業はあり得なかった。
フィンランドのゲーム産業が注目され始めたのは、2009年にロヴィオがiPhone向けに配信した『アングリーバード』以降であった。デジタル流通やスマート端末は状況を一変させ、大企業で働いた従業員の一部は自らのゲームスタジオを設立した。
フィンランドのゲーム産業は、人材獲得や認知のさらなる確立のような新たな課題にも直面している。政策立案の観点からは、競争力維持のためにゲーム産業が公的機関にどのような取組みを必要としているかを明らかにする必要がある。本章では、ヘルシンキ・ゲーム・ファクトリー(HGF)プロジェクトという草の根レベルの新しい取組みを取り上げ、この取組みの意義とこれが成功するための条件を分析した。
HGFは、2016年に企画され、2017~2018年に開始予定のプロジェクトで、ヘルシンキ市が所有する古い病院施設を借り、ここをゲーム会社に手頃な賃貸料で貸す取組みである。HGFは、ゲーム会社の賃貸料から経費を賄うための少額の取り分を受け取り、そこからゲーム会社への支援サービスを提供しマーケティング・通信費を払う。HGFの目的は、大きな利益を上げることではなく、資源の活用方法を再検討することで産業に貢献するサービスを提供することである。市は使用していない建物の活用が可能になり、ゲーム会社は他社との協力や単独で実行するなら得られないかもしれない資源を利用する機会を得る。HGFはゲーム会社の力の結集の機会を提供するだけでなく、フィンランドのゲームやゲーム産業を国内外に披露する場ともなっている。
フィンランドでは政府がゲーム産業に財政支援を熱心に行ってきたが、国と地方政府がゲーム会社を育成する方法は他にもある。HGFは、草の根と市職員による共同的取組みであり、新しい産業振興の方法である。HGFのような取組みが成功するためには、取組みの担い手に「セレンディピティ」「(オープンな)姿勢」「ビジネスモデルと継続性」「ロビー活動」「メタファーと意味づけ」という要素が必要である。また、草の根レベルの働きかけと、そのような働きかけを自治体の誰が正当化できるかを推測できるようにする政策立案側の受け入れ態勢が必要である。さらに、市職員を創造産業を支援する革新的政策・規則を導入する力を持つ者と見ることが必要である。そして次の段階として、様々な地域の国や地方政府が、創造産業をいかに支援・阻害しているかを研究することが重要である。
終章では、報告書全体の総括を行った。また、こうした知見を、他の地域がどのように活用できるかについて考察した。様々な地域の事例から推測されることは、アニメ・ゲーム産業振興についても、アニメ・ゲームによる観光振興についても、成功に必要な「資源」を特定し、これを結集させ大きくすることである。
産業振興について言えば、本報告書で登場したアニメ・ゲーム制作会社や草の根の取組みは、「人材」が自社や産業の生き残りに不可欠な資源であり、これをどう長期的に育成・確保するかを考えている。
また、本報告書で検討した企業やプロジェクトは、こうした自助努力に加えて、自らの資源の限界を時には認め、他社や自治体、研究・教育機関との連携も積極的に行い、そこでの社会的ネットワークを通して、自社が持たない資源を活用している。
一方、アニメ・ゲームによる観光振興についても、「資源の特定・結集・拡大」が重要である。アニメ聖地巡礼については、アニメ作品という資源自体が成功に欠かせないが、これに加えて、該当作品についての理解、聖地巡礼者の関心や既存の成功モデルについての知識、自治体・版権元の協力、地域の関係者との社会関係などが、アニメ聖地巡礼の成功には不可欠であろう。
なお付録では、本報告書の執筆者たちの共同研究グループであるフィンランドのタンペレ大学の研究者が行わっている、位置情報ゲーム『ポケモンGO』の社会的・身体的効果に関する調査研究について紹介した。