[HTML]
H1

調査研究成果

お知らせカテゴリー表示
リサーチャー名選択
お知らせ表示

2011.10.01

  • 最新研究
  • 飯塚 留美
  • 木賊 智昭
  • 佐川 永一
  • 中田 一夫

電波資源の配分制度に関する海外動向調査
- オークションと再配分を中心に -

 日本ではこれまで、独占的な周波数の使用を認める電波の割当ては、免許申請者が提出する事業計画内容を、規制当局が総合的に評価して免許人を決める、いわゆる比較審査方式によって行われてきた。しかし、国民の共有財産である電波を利用したサービス市場が、市場競争の進展と共に急速に拡大していくなかで、希少な電波を無料で割り当てることに対して疑問の声が出始めた。そのため、日本においても、電波の世界に経済原則を導入し、市場原理に基づいた周波数割当てを実現するために、オークション制度を導入することが検討されて始めている。わが国におけるオークション導入に向けた議論では、その目的を、事業者選定の透明性や公平性の担保であるとしているが、最近の論調や政局の動きから見れば、財源確保を目的としたオークションの導入の意味合いが強くなってきている。特に、東日本大震災によって甚大な被害を被った東北三県の復興財源の捻出に苦慮している政府としては、“電波利権”から財源を確保することもやむおえないとし、オークションの実施による、国家の財源確保が議論されている。
たしかに、世界的に見れば、電波の世界にオークションを導入していない、日本のような先進国は希である。オークションに消極的であったフィンランドも2009年に実施し、スペインでは2011年に4G周波数(800MHz帯及び2.6GHz帯)の割当てにおいてオークションを初めて導入したほか、韓国でも2011年8月にオークションによる周波数割当てを初めて実施し、2011年9月には、フランスでも同国初のオークションを加味した周波数割当てが実施された。しかし、フランスや韓国等では、これまでオークション制度自体は導入していなかったものの、比較審査の枠組みの中で、周波数割当ての対価としての免許料を徴収する仕組みを設けており、オークション収益に相当する額が国家に納められてきた。このことから、比較審査であれオークションであれ、周波数の経済的価値を負担させることには変わりはないため、両方を比較した場合には、電波の割当てプロセスの透明性や公平性、また行政コストの多寡から見れば、オークションに分があるといえよう。
オークション先進国である米国について見れば、そもそも、オークションによる周波数の割当てが導入された理由は、抽選方式の弊害である、投機・転売目的で免許を獲得しようとする者を排除し、真の事業者が免許を取得するための経済資源の浪費を回避することにあった。電波の割当ての世界は、歴史的に見れば、もともとは比較審査による割当てが一般的であった。米国でも、1990年頃までは比較審査によって周波数割当てが行われていたが、米国の場合は日本と異なり、無線サービスをエンドユーザに提供するために割り当てられる周波数を使用する権利(周波数使用権)は、全国を数百もの地域に分割した地域免許として付与されていたことから、比較審査に要する時間が長期化し、それに伴って行政コストも膨大になり、免許を申請してから免許付与を受け、実際にサービスを展開するまでに、数年を要することが問題視された。こうした問題を解決するために、米国では抽選方式が採用されたが、上述したように、投機・転売目的による申請者が横行したことから、真の事業者が免許取得にかかる経済的費用の浪費を防ぎ、かつ、電波がもたらすこのような経済的価値を国の収入に組み込むために、オークションが導入されたわけである。
もっとも、電波の割当て方式として、オークションが最善であるとは言い切れない。米国で1994年に実施されたPCSバンド(1900MHz帯)の周波数オークションは成功を収めたとされる一方で、2000年前後に欧州で実施された3Gオークションは、オークションバブルと称されるように、特に英国とドイツにおいて免許料が高騰し、3Gサービスの導入・普及の遅れにつながったとも言われている。確かに、周波数オークションに多額の費用を投じれば、3G通信網の設備投資に十分な資金がまわらず、3Gサービスの商用開始に遅れが生じるのは想像に難くない。しかし、比較審査によって、しかも無料で電波が割り当てられたフィンランドなどの国でさえも、3Gの普及が遅々として進まなかったことを鑑みれば、3Gオークションの高騰を原因とする3Gサービスの遅れは説得力に欠け、規制緩和や有効競争が不十分であったと考える方が妥当とされている。例えば、フィンランドでは、モバイルキャリアに対して、3G端末に対する補助金を解禁して以降、3Gが普及し始めたといわれており、オークションの実施と3G普及の遅れとの間の直接的な因果関係は薄いとされる根拠となっている。
オークションの弊害としては、電波の死蔵が挙げられる。オークションで周波数を獲得したにもかかわらず、商用サービスに至ることなく、最終的に周波数使用権を売却してしまうというケースがある。典型例は、米国の700MHz帯オークションで、アロハパートナーズやクアルコムは、2000年初頭に獲得した周波数を、近年、AT&Tに売却している。アロハパートナーズは種々のサービストライアルを試みたが商用化の目処が立たず、また、クアルコムはMediaFLOによるモバイルTVの商用サービスを開始したが加入者が順調に増えず事業を閉鎖し、結局、iPhone人気でトラフィック爆発への対応のために大量の電波を必要としていたAT&Tに、周波数をそれぞれ売却した。電波の有効利用の観点から見れば、2000年初頭から約10年もの間、何ら経済的価値を生み出さない状態を放置しておくのは、資源の無駄遣いに等しい。このような状況を解決すべく、市場原理に基づいた当事者間での周波数売買を促進するために、周波数の二次取引制度が、セーフガードとして整備されている。また、米国では、これまで、オークションで割り当てられた周波数について、カバレッジ義務を課すことは少なかったが、景気対策や新たな市場発展を図る狙いから、厳しいカバレッジ義務を課すようになっている。また、電波の死蔵対策としては、電波を利用したい第三者に対して、周波数をリースする仕組みを作ることも有効とされている。
近年、スマートフォンブームによるモバイルデータトラフィックの激増により、周波数需要が急速に高まることが見込まれるなかで、今後、新たな周波数をどのように調達し、オークションにかけていくかが、重要な政策課題の一つとなっている。これまで、オークション収益は国庫に繰り入れられるのが一般的であった。しかし、現在、オークションにかけられる周波数の多くが、周波数移転の問題を抱えていることを鑑みれば、既存免許人の周波数移転コストの捻出が不可避となっており、実際、欧米では、オークション収益の一部を周波数移転コストに充当したり、あるいは国家ブロードバンド網の整備費用に充当される傾向が高まっている。また、新たな周波数を確保するにあたっては、商用周波数だけでなく、政府用周波数も見直しの対象とし、電波の有効利用を促進しながら、高まるモバイルブロードバンド需要に応えていく取組みも、欧米では進められている。
電波を利用したサービス市場の発展に向けた各種政策は、景気対策ともあいまって、政府の重要施策の一つとなっている。つまり、国民の共有財産であり、希少な資源である電波は、極めて高い経済的価値を有するものとして位置づけられており、この希少な電波から最大限の価値を生み出す者に、どのように電波を割り当てるかが、最大の課題となっている。オークションなのか、比較審査なのかを問わず、このような価値を有する電波を利用して利益を得る受益者に対して、何らかの経済的な対価を、相応に負担させる仕組みは必要不可欠である。しかし、それをオークションによって回収するのか、比較審査によって割り当てるものの毎年の電波利用料で回収するのかは、最終的には政治的判断に委ねられることになろう。
いずれの方法にせよ、重要な点は、事業者間の公正競争を担保し、消費者利益を確保することである。英国の事例にもあるように、4Gオークションの実施規則案には、1事業者が獲得できる周波数の上限(周波数キャップ)だけでなく、各事業者が同時に最低限保有しなければならない周波数の下限が規定されており、電波の公平な割当ての実現に、細心の注意が払われている(2011年10月時点)。こういった制度設計ポリシーは、なにもオークションだけに求められるものではなく、比較審査においても同様に求められるはずである。
また、オークション収益であれ、経済的価値を反映した電波利用料収益であれ、得られた収益は、社会経済全体の発展に寄与することを優先し、かつ拡大再生産に資するべく、更なる価値を生み出す可能性があると目される無線分野を中心としたICT関連産業に還元するのが適当であって、このような取組みを通じて世界最先端の電波立国を築くことが、グローバル競争に打ち勝つためにも重要である。そのためにも、電波の更なる有効利用に向けた技術的かつ制度的な先進的な取組みを、世界に先んじて推進していくことが期待されよう。

■目次
第1章 電波の割当制度と歴史的経緯
1-1 電波の割当制度の概要
1-1-1 電波資源の配分
1-1-2 電波資源の管理モデル
1-2 オークション制度導入の歴史的経緯
1-2-1 市場メカニズムによる電波資源の配分
1-2-2 米国の周波数オークションの歴史

第2章 オークション制度の世界的な導入状況
2-1 オークションを実施している海外諸国
2-2 わが国におけるオークション制度導入の議論をめぐる動き
2-2-1 「光の道」構想
2-2-2 「周波数オークションに関する懇談会」
2-3 オークションの実施例
2-3-1 欧州の3Gオークション
2-3-2 欧州の2.6GHzオークション
2-3-3 米国の700MHz帯オークション
2-4 諸外国で実施又は実施予定の周波数オークション概況
2-4-1 韓国における800MHz/1800MHz/2.1GHz帯の周波数オークション
2-4-2 スペインにおける800MHz/900MHz/2.6GHz帯の周波数オークション
2-4-3 オーストラリアにおける2.3GHz帯周波数オークション
2-4-4 イタリアの800MHz及び2600MHzを含む周波数オークション
2-4-5 フランスにおける800MHz/2.6GHz帯の周波数オークション
2-4-6 ハンガリーの900MHz帯オークション
2-4-7 スイスの800MHz帯及び2.6GHz帯を含む周波数オークション
2-4-8 ドイツの800MHz帯及び2.6GHz帯を含む周波数オークション
2-4-9 ブラジルにおける3.5GHz帯の周波数オークション

第3章 オークション制度の実際の運用
3-1 米国
3-1-1 オークション制度の法的根拠
3-1-2 オークション制度の導入目的
3-1-3 オークションの対象範囲
3-1-4 オークション実施実績
3-1-5 オークション収益額
3-1-6 オークション収入の使途(所得移転)
3-1-7 払込金の法的性格
3-1-8 オークション規則の詳細
3-2 英国
3-2-1 オークション制度の法的根拠
3-2-2 オークション制度の導入目的
3-2-3 オークションの対象範囲
3-2-4 オークション実施実績
3-2-5 オークション収益額
3-2-6 オークション収入の使途(所得移転)
3-2-7 払込金の法的性格
3-2-8 オークション規則の詳細
3-3 インド
3-3-1 オークション制度の法的根拠
3-3-2 オークション制度の導入目的
3-3-3 オークションの対象範囲
3-3-4 オークション実施実績
3-3-5 オークション収益額
3-3-6 オークション収入の使途(所得移転)
3-3-7 払込金の法的性格
3-3-8 オークション規則の詳細

第4章 電波資源の再配分に関する事例調査
4-1 日本における周波数再編をめぐる議論
4-2 EUにおける周波数再編をめぐる議論
4-2-1 EUにおける国家ブロードバンド網整備をめぐる関連施策
4-2-2 欧州委員会による第1次電波政策プログラム案の策定
4-2-3 欧州理事会による第1次電波政策プログラム案の修正
4-3 米国の事例
4-3-1 1.7GHz帯を使用する連邦政府の周波数移転
4-3-2 地上デジタルTV放送の周波数移転
4-3-3 地上デジタルTV放送帯のインセンティブ・オークションの動向
4-4 英国の事例
4-4-1 PMSE(ラジオマイク等)の周波数移転
4-4-2 3.4-3.6GHz帯を使用する国防省の周波数移転

第5章 今後の課題と展望

■執筆者一覧
中田 一夫 電波利用調査部 部長
佐川 永一 電波利用調査部 研究主幹
飯塚 留美 電波利用調査部 主席研究員
木賊 智昭 電波利用調査部 副主席研