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調査研究成果

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2012.10.01

  • 最新研究
  • 坂本 博史
  • 田中 絵麻
  • 三澤 かおり

拡大するICT市場領域におけるビジネス・エコシステムの動態の解明
-進化するサービスと端末の視点からみるモバイル・エコシステムのグローバル動向-

 本報告書では、ICTビジネス・エコシステム論やモバイル・エコシステムに関する先行研究を踏まえ、モバイル・エコシステムを構成するプラットフォームとサービス、ネットワーク、端末の各レイヤー別の観点から、主要な事業者の戦略の分析を行うとともに、グローバルなモバイル・エコシステムの形成に成功した米国と韓国のモバイル関連政策を分析することで、移動体通信市場におけるモバイル・エコシステムの発展要因を解明することを目的としている。ビジネス・エコシステムは、「多様性を持った多数のビジネスプレイヤー間の相互依存関係からなるネットワーク構造が安定性を持ち、そこにシステムの創発が見いだされるもの」と定義されている。モバイル・エコシステムでは、プラットフォーム、ネットワーク、端末を提供する事業者が分かれており、各要素を提供する企業間関係がエコシステムの形成に影響を与えている。そこで、本報告書では、グローバルに事業展開を行っている企業と他のレイヤーの企業との関係性を分析し、グローバルなモバイル・エコシステム発展要因を分析するというアプローチを採った。
 第1章では、モバイル・エコシステム論の展開を踏まえて、本報告書の分析アプローチを整理した。第2章では、主要な7つのモバイル・プラットフォームを取り上げ、それらのプラットフォームを提供する企業の戦略分析を行った。第3章では、第三世代移動体通信(3G)の普及拡大と、LTE方式の第4世代移動体通信(4G)への移行によってモバイル・エコシステムが変化しつつあるなかで、米国、欧州、韓国の主要な移動体通信事業者がスマートフォンや次世代網についてどのような戦略のもとで事業を展開しているのかを分析した。第4章では、米国、欧州、アジアの8社のスマートフォン端末メーカーを取り上げ、各社のグローバル戦略におけるスマートフォンの位置づけと業績へのインパクトを分析した。第5章では、米国と韓国におけるモバイル関連政策を分析し、グローバルなモバイル・エコシステム形成に与えた影響について考察した。
 本報告書の分析では、モバイル・エコシステムの発展は、プラットフォーム部分に該当するモバイルOSの発展とアプリケーション、サービスの多様化、ネットワーク部分におけるモバイル・ブロードバンド化、スマートフォン端末メーカーのグローバル展開が複合的に作用している。本調査研究で実施した個別プラットフォームや企業の戦略分析からは、次のような点が浮かび上がってきた。
まず、プラットフォーム・レイヤーからみたモバイル・エコシステムでは、モバイルOSの発展は、第一段階:PDA端末の時代、第二段階:モバイル接続端末の移行期、第三段階:スマートフォンOSの時代の三段階で発展してきた。この発展の経緯を通じて、モバイルOSがネットワーク・レイヤーやアプリケーション・サービス・レイヤーとの関係性を拡大してきた。しかし、その発展には、2つの方向性がある。一つは、iOSやBlackberryに見られるように、端末とモバイルOS(アプリ・ストア含む)を統合して提供する方向性である。二つ目の方向性は、SymbianやAndroidのように、モバイルOSとアプリケーションのプラットフォームのみを提供するものである。この二つの方向性は、収益性の面とエコシステムの形成の面で違いがある。前者は、モバイルOSを中核として、端末とサービス利用者の囲い込みによって、端末とアプリの両方から収益を上げる戦略である。一方、後者はオープンなモバイルOS上に構築されたアプリストアからの売り上げが収益源となっているものの、収益性の点からは前者に優位性がある。また、Androidでは、端末メーカーがOSの改変が可能であるため、無数のバージョンが生まれていることで、OSの断片化(フラグメンテーション)とそれによるシステムのアップグレードのコスト増が問題となっている。
 また、3Gから4Gへの次世代網への移行を進めている移動体通信事業者の事業戦略からみたモバイル・エコシステムについては、以下のような点が見えてきた。まず、米国の移動体通信事業者は、急速なスマートフォン端末の人気拡大によって、モバイル・トラヒック量が急増したことが、次世代網への投資拡大要因となっている。しかし、アプリケーション・レイヤーからの収益源がないために、モバイル・データ通信の料金は、定額制が廃止され、従量制に移行した。また、スマートフォンでは、アプリケーションやサービス部分は端末メーカーが提供していることから、移動体通信事業者は、スマートフォンのラインナップを増やすことで他事業者との差別化を図っている。しかし、2010年代に入り、特定の移動体通信事業者のみにiPhoneを提供する独占販売契約が終了したことから、端末ラインナップでの差別化が困難になりつつある。これらを背景に、米国の移動体通信事業者は、プラットフォーム・サービス・レイヤーからの収益増を目指し、M2Mや公共サービス分野への進出を図っているところである。一方、独自のサービス・プラットフォームを築くことで、他社とのサービスの差別化を図っているのが、欧州と韓国の移動体通信事業者である。欧州では、欧州市場や新興国等を含めた世界市場に進出するモバイル・キャリアが多く、1億加入を超えるメガキャリア化している。例えば、フランスのOrangeと ドイツのT-Mobileはそれぞれ英国に進出していたが、2010年5月に持株会社Everything Everywhereの参加に入り、事業統合が行われている。その他、スウェーデンのTeliaSonera、フランスのOrange等が、統一されたブランド名やブランドマークのもとで世界市場に積極的に進出している。しかし、欧州では、モバイル・エコシステムに関する政策はなく、利用者の観点に立ったモバイル料金政策が中心となっている。そのため、プラットフォーム・レイヤーに主要な事業者は存在せず、主要な端末メーカーもNokiaのみとなっている。また、韓国の移動体通信事業者は、利用者のニーズに合わせたきめ細かい料金体系と独自プラットフォーム上から利用できるサービスやコンテンツの拡充を図っている。SKテレコムは、プラットフォーム部門を分離して、アプリストアの海外展開を推進しており、KTでは、日中韓のアプリストアの交流を推進している。また、LTE網の敷設においては、SKテレコムが2012年4月時点で人口カバレッジ95%を達成している。
 グローバルにスマートフォン端末を供給している端末メーカーからみたモバイル・エコシステムは、市場機会とリスクの両方があるものとなっている。利用者のニーズに沿ったモバイルOSを採用することで、端末出荷台数や市場シェアが急拡大する場合がある一方で、他社との端末開発競争が激しいことから、新製品が人気とならなかった場合には、急速に端末出荷台数がしぼみ、事業に与える影響が大きい場合もある。分析対象とした8社の事業分析からは、次のことが指摘できる。人気端末の開発と提供に成功し、市場シェアの拡大につながった端末メーカーの例としては、モトローラのRazerシリーズ、RIMのBlackberryシリーズ、AppleのiPhone、HTCのAndroid端末がある。しかし、モトローラのRazerは、2004年には1億台以上出荷したものの、2007年のiPhone発売以降は急速に台数が減少し、2011年にはGoogleが同社を買収した。また、RIMのBlackberryは、法人向けのスマートフォンとして市場を拡大し、端末出荷台数は堅調であるものの、拡大したコンシューマ向けのスマートフォン市場向けの端末開発が出遅れたために、スマートフォン市場全体での存在感は低下している。HTCは、2000年代後半にいち早くAndroidを採用した端末提供を開始したことで、端末出荷台数を急拡大させたが、SamsungのGalaxyシリーズが大ヒットしたことで、市場シェアを奪われる結果となった。一方、Appleは、iPhoneシリーズにおいて、バランスよく端末品質の向上とアプリケーション・サービスの拡充を展開したことで、iPhoneユーザーの継続的な獲得に成功している。
 以上のように、モバイル・エコシステムのグローバル化のなかで、レイヤー毎に、それぞれ異なる事業戦略と企業間関係が形成されていると言える。これは各国におけるモバイル分野における関連政策の動向からの影響もあると思われる。米国の2000年代後半から2010年代にかけてのモバイル関連政策を概観すると、レイヤー別に政策が実施されており、プラットフォーム部分の市場発展が重視されている傾向が見える。2000年代後半から検討、規制・法制度整備が進められているネット中立性関連政策では、モバイル分野においても、端末やサービスの多様性が重視されており、ネットワーク・レイヤーの事業者が上位レイヤーや端末の差別的取り扱いが規制されることとなった。また、移動体通信分野における合併審査の動向からは、通信網を保有する事業者間の水平合併は認可されなかった(AT&TによるT-モバイル買収)。一方で、GoogleとMotorola Mobilityの垂直合併は、認可されている。こうしたなか、移動体通信事業者は、トラヒック急増に対応するために早期の周波数配分求めているものの、周波数オークションの実施には期間がかかると見られている。韓国においては、スマートフォン市場の形成で出遅れたとの認識から、政府による総合的なモバイル分野の発展戦略として「次世代モバイル主導権確保戦略」が策定されている。同戦略では、4G時代の到来に合わせ、ギガビット級のネットワーク整備、アプリケーション開発の支援、情報保護関連制度の整備等の総合的な施策により、グローバルな競争力を持つモバイル・エコシステムの育成を目指している。
 以上のようなモバイル・エコシステムを形成するレイヤー別の事業戦略の分析や各国の関連政策動向の調査からは、グローバルなモバイル・エコシステムの形成過程には、いくつかのパターンがあることが明らかとなった。まず、モバイル・エコシステムの先行研究からは、日本におけるモバイル・エコシステムは、移動体通信事業者が中核となって、ネットワーク、端末、プラットフォーム・サービスの各レイヤーが有機的バランスを保って発展してきた。しかし、スマートフォン時代におけるグローバル化が進むモバイル・エコシステムでは、①端末とサービスの囲い込み戦略、②端末とサービスのオープン化戦略の2つが主流となっており、ネットワーク・レイヤーを含めた有機的バランスの構築は模索段階にあると言える。韓国と欧州では、プラットフォーム部分(モバイルOS)に独自サービスを構築する、また、韓国では、独自プラットフォーム開発を急ぐことで、モバイル・エコシステムの形成に必要なネットワーク・レイヤーとの連携を補完しようとしていると思われる。このように、モバイルOSとアプリケーション・サービスとの中間に、独自ブランドを構築するという二層化が進められていることは、ネットワーク・レイヤーを抜きにしては、モバイル・エコシステムの有機的バランスを持った発展が実現しづらいことを示唆していると思われる。米国では、iOSでは、端末とプラットフォーム・レイヤーの関係が密接であり、Appleの収益源となっている一方で、米国内のモバイル・エコシステム全体を見ると、スマートフォン市場におけるプラットフォーム・レイヤーとネットワーク・レイヤー間の関係性が薄いことが、ネットワーク・レイヤー側の収益を圧迫しているが、そのことが、移動体通信事業者が新たなモバイル・サービス開発を進める要因ともなっている。
 以上のように、本報告書では、スマートフォン時代におけるモバイル・エコシステムの発展要因について、レイヤー別の事業者の戦略や事業展開を分析することで、総合的に分析を行った。分析結果からは、スマートフォン時代におけるモバイル・エコシステムの発展要因としては、端末とプラットフォーム・レイヤー間の統合によって、利用者の利便性が向上したことにあると思われる。これは、日本におけるフィーチャーフォンの発展要因と類似している。しかし、日本との相違点としては、グローバルなモバイル・エコシステムの発展においては、ネットワーク・レイヤーの統合度が低いことがあり、有機的バランスの観点からは課題がある。端末メーカーの差別化には、ネットワーク・レイヤーとの連携(Xperiaのiコンシェル)という方向性も出てきたところである。モバイル市場の発展は、各要素の有機的バランスが重要であることから、連携が弱い部分を補完する戦略は、企業戦略としても政策面からみても有益であると思われる。

■目次
第1章 進化するモバイル・エコシステムと事業戦略
1-1 ICT分野におけるエコシステム論とモバイル・エコシステム
1-2 モバイル・エコシステム論の分析にみる進化のメカニズム
1-3 モバイル・エコシステムのレイヤー構造と事業戦略

第2章 プラットフォームとサービスのモバイル・エコシステム
2-1 モバイルオペレーティングシステムの歴史
2-2 「エコシステム」、「モバイルエコシステム」の概念&定義
2-3 現在のモバイル・エコシステムとその評価

第3章 次世代モバイル・ネットワークとモバイル・エコシステム
3-1 移動体通信事業者のモバイル分野における次世代網構築と事業戦略
3-2 米国キャリアのLTEとスマートフォンを巡る次世代ネットワーク戦略
3-3 欧州キャリアのブランド戦略とグローバル展開
3-4 韓国のモバイル・キャリアのプラットフォーム強化とモバイル・エコシステム構築
3-5 移動体通信事業者のモバイル・エコシステムの方向性と課題

第4章 端末メーカーのスマートフォン戦略とモバイル・エコシステム
4-1 モバイル端末市場のグローバル化とモバイル・エコシステム
4-2 主要モバイル端末メーカのグローバル戦略
4-3 端末メーカーによるグローバル・モバイル・エコシステムの発展

第5章 各国におけるモバイル・エコシステム関連政策動向
5-1 米国におけるモバイル・エコシステム関連政策
5-2 韓国におけるモバイル・エコシステム関連政策
5-3 モバイル関連政策にみる制度環境とモバイル・エコシステムの形成

第6章 拡大するモバイル市場のエコシステム形成のメカニズム
6-1 3G/4G時代のレイヤー構造の変化とモバイル・エコシステムの発展
6-2 モバイル・エコシステムの類型化と発展要因の日米比較
6-3 今後のモバイル・エコシステムの展望について

■執筆者一覧
田中 絵麻    情報通信研究部 副首席研究員
マルコ・コーダー MRM Worldwide Japan, McCann Worldgroup
三澤 かおり   情報通信研究部 副首席研究員
坂本 博史    情報通信研究部 上席研究員