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調査研究成果

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2010.10.01

  • 最新研究
  • 藍沢 志津
  • 裘 春暉
  • 楊 松

中国ICT分野におけるセルフ・イノベーション政策の展開と日本の対応について

中国は近年、単なる市場規模の大きい「通信大国」から、自らの技術力をもつ「通信強国」への転換を目指し、研究開発(R&D)の強化を柱に据え、セルフ・イノベーション政策を推進してきた。本報告書は、中国の情報通信分野に焦点を合わせ、セルフ・イノベーション政策の実施状況、効果分析を行った上で、技術力を備えてきた中国に対して、今後、日系企業及び日本政府がどのような戦略をもって対応すべきかについて考察した。

セルフ・イノベーション政策の実施にあたり、中国政府は、政策目標の策定、重点分野の指定、財政支援にとどまらず、イノベーションの取組み体制の整備に関しても、積極的に関与していることが判明した。情報通信分野では、政府の呼びかけにより、WAPI(無線LANセキュリティ規格)、TD-SCDMA(3G方式)といったセルフ・イノベーションの重点対象分野ごとに企業、大学、及び研究機関(産・学・研)による戦略連盟が次々設立されている。また、各地方政府も、それぞれの地域の実情に合わせて、中央レベルの政策をブレークダウンし、実行を徹底するように支援している。例えば、セルフ・イノベーション製品であれば、政府調達の対象に指定されるなど、徹底した政府主導が実施されている。
セルフ・イノベーション政策が実施されてからまだ数年しか経過していないが、電子・情報通信設備製造業における特許申請件数の増加、相次いでの独自規格の確立、ソフトウェア産業全体の売上高の拡大といった成果が、既に、現れ始めている。
ただし、中国政府によるイノベーション強化策への偏った過剰関与は、場合によって、イノベーション成果の産業化にマイナス影響を及ぼす恐れが懸念される。

他方、本報告書は、セルフ・イノベーション政策の浸透により、情報通信分野において独自技術規格の採用が活発化する中国に対する日系企業ならびに日本政府の対応のあり方の検討を試みた。そのためには、同分野で中国のセルフ・イノベーションの実施に協力した実績をもつ複数の外資系企業の事例分析を行った。その結果、研究開発段階から中国側と共同研究、もしくは何らかの形での連携を通じて、イノベーションの成果実用化への取り組みを強化し、製品化を通じて利益を確保するパターンが多いことが判った。
例えば、ノキアの場合は、研究開発段階からの現地化を図り、既にTD-SCDMAの研究開発に取組んでいたメーカーとの提携を通じて、同方式の端末発売にこぎつけた。その上で、中国移動(チャイナモバイル)との共同事業(アプリ・ストア「MM-Ovi」)にも手がけるようになり、中国のセルフ・イノベーション分野への関与をいっそう深めているところである。
中国が独自の技術規格を採用したことにより、日本企業が参入できる高付加価値領域は制約を受けるが、中国政府は自らの技術規格の海外展開を推進しているため、逆にセルフ・イノベーション分野へ参入ができれば、中国市場を超えてビジネス展開の可能性もありうる。その巨大な市場を取り込もうとすれば、技術レベルの向上により競争力が高まりつつある中国企業と熾烈な競争を繰り広げ、消耗していくよりは、研究開発段階からの連携による互恵を求めるビジネス戦略の模索が必要であろう。
富士通の場合は、北京に研究開発センターを設立し、中国側のセルフ・イノベーション関連の動きを注視しながら、同分野へのアクセス機会を模索している。一方、NTTドコモは、北京にある自社研究所を拠点に現地事業者との交流機会を重ねながら、LTE等次世代通信サービスにおけるビジネスの可能性を探っている。
日本政府としては、中国政府による知的財産権保護の制度整備への働きかけや、政策パッケージの導入に関するノウハウ伝授などを通じて、日本企業の取組みに対する側面支援が期待される。

目 次
はじめに ― 調査研究の目的・対象・構成
Ⅰ. 調査研究の目的
Ⅱ. 調査研究の対象
Ⅲ. 調査研究の構成

第Ⅰ章 中国におけるセルフ・イノベーション政策の展開
Ⅰ-1 セルフ・イノベーションの定義と位置づけ
Ⅰ-1-1 「国家中長期科学技術発展規画綱要(2006-2020年)」
Ⅰ-1-2 「中華人民共和国国民経済社会発展第11次5ヶ年規画綱要(2006-2010年)」
Ⅰ-2 セルフ・イノベーションの導入経緯
Ⅰ-2-1 中国経済の全体状況
Ⅰ-2-2 中華人民共和国成立以来の科学技術の発展の経緯
Ⅰ-3 セルフ・イノベーションの実施体制
Ⅰ-3-1 「国家中長期科学技術発展規画綱要(2006-2020年)」
Ⅰ-3-2 「国家中長期科学技術発展規画綱要(2006-2020年)の若干の関連政策」
Ⅰ-3-3 「中華人民共和国国民経済社会発展第11次5ヶ年規画綱要」(2006-2010年)
Ⅰ-3-4 「国家知的財産権戦略綱要」
Ⅰ-4 その他関連法的整備

第Ⅱ章 情報通信分野におけるセルフ・イノベーション政策の実施状況
Ⅱ-1 情報通信分野におけるセルフ・イノベーション政策
Ⅱ-1-1 「情報産業の科学技術発展の第11次5ヶ年規画、2020年中長期規画綱要」
Ⅱ-1-2 「電子情報産業の調整と振興規画」
Ⅱ-2 情報通信分野におけるセルフ・イノベーション政策の実施状況、効果分析
Ⅱ-2-1 中央・地方政府の連携推進に頼るセルフ・イノベーションの実施
Ⅱ-2-2 通信設備製造業の発展―外資系企業による牽引が依然顕著
Ⅱ-2-3 世界標準の獲得も視野に入れつつ、独自標準の育成に全面サポート
Ⅱ-2-4 企業の成長
Ⅱ-2-5 その他

第Ⅲ章 イノベーション政策の理論的検証
Ⅲ-1 政府関与の必要性について
Ⅲ-1-1 「市場の失敗」の回避
Ⅲ-1-2  国(産業)全体の技術レベル向上を図る政策の立案
Ⅲ-1-3 イノベーション成果の実用促進を図る政策の立案
Ⅲ-2 イノベーション政策に期待する効果
Ⅲ-2-1 イノベーションの維持・強化におけるシステム環境の創出
Ⅲ-2-2 産業・企業を取り巻く市場環境の変化に適応力のある成長持続の実現
Ⅲ-3 日本におけるキャッチアップ型イノベーション政策の実施に関する分析
Ⅲ-4 中国のセルフ・イノベーション政策への考察
Ⅲ-4-1 支援する領域の明確化
Ⅲ-4-2 支援手段の明確化
Ⅲ-4-3 実施体制の確立に向けての取組み

第Ⅳ章 セルフ・イノベーション分野へのビジネス展開戦略
Ⅳ-1 R&D段階からの現地化によるセルフ・イノベーション分野に参入する企業の取組み事例
Ⅳ-1-1 セルフ・イノベーション分野にて実績を挙げている企業の取組み事例
Ⅳ-1-2 セルフ・イノベーション分野への参入を備えている企業の取組み事例
Ⅳ-2 部品供給によりセルフ・イノベーション分野への参入を行う企業の取組み事例
終わりに ― イノベーション力が向上しつつある中国への対応について
Ⅰ. イノベーション力の強化による中国市場参入への影響
Ⅱ. 中国のイノベーション力の向上への日本企業の対応の在り方
Ⅲ. 中国のイノベーション力の向上への日本政府の対応の在り方

執筆分担

裘 春暉(情報通信研究部): はじめに、第Ⅲ章、終わりに 
楊 松(北京事務所): 第Ⅰ章、第Ⅱ章 
藍沢 志津(情報通信研究部): 第Ⅳ章