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欧州における全国規模公共安全通信ネットワークの整備

マルチメディア振興センター 電波利用調査部 研究主幹 甲田 正夫

 現在、欧州諸国において、公共安全通信システムの更新整備が急ピッチで進められている。警察・消防・救急等が使用する現行の個別の公共安全通信システムは、古いアナログ技術に基づいており、公共安全通信システムの要求条件に対して限界に達している。新しいシステムは、警察・消防・救急等をコアユーザーとして、多くの関連機関が共同利用する全国規模のデジタルネットワークを基本としている。また、欧州委員会(EU)は、公共安全通信システムの相互運用性の向上を目的としてフォーラムを設立して、標準化のための努力を進めている。本稿は、これらの欧州の公共安全通信システムについての動向と背景について調査したものである。


1. はじめに

 欧州では、従来のアナログ技術に基づいた公共安全通信ネットワークを、デジタル技術による新しいネットワークへの更新整備が加速している。この動きは、1990年代の初めに始まった。図表1に、TETRAシステムの普及団体であるTETRA Association1のワークショップで公表された資料に基づく欧州の公共安全通信ネットワークの整備状況を示す。これから、フィンランド、英国等が全国をカバーする公共安全通信ネットワークを構築運用しており、また、ノルウェー、ドイツ等は現在全国規模のネットワークを整備中であり、ここ数年のうちに欧州のほとんどの国が新しいデジタルシステムに更新されるものと思われる。これに至る各国に共通した背景は、次のように考えられる。

 @ 従来のアナログシステムの老朽化が進み更新を必要としている。
 A 災害や事件の広域化・複雑化により関係機関の連携を必要とし相互運用性に優れた全国通信システムが求められている。
 B 財政難でそれぞれの機関が独立した専用システムを構築し運用できる余裕がなくなり、経済性に優れたシステムが求められている。
 C 欧州の出入国管理政策に関するシェンゲン協定2で、国境地帯における隣国の警察及び税関当局等の協力を促進するために隣国間の通信ネットワークを確立する必要性を求めている。
 
 これらが欧州諸国の全国規模の共同利用公共安全通信ネットワークの整備を促進し、標準化・融合努力を推進している要因になっている。
図表1 欧州の公共安全通信ネットワーク整備状況3
図表1 欧州の公共安全通信ネットワーク整備状況


2. 新しい公共安全通信ネットワークの要求条件

 新しい公共安全通信ネットワークは、以下の要件が求められている。

@共同利用ネットワーク
  新しく構築する公共安全通信システムは、関係機関が共同利用するネットワークが前提である。図表2に、従来の個別専用ネットワークと新しい共同利用ネットワークの構成を示す。個別専用ネットワーク(左図)は、それぞれの機関が独立した通信ネットワークを運用している。共用システム(右図)は、共同使用が可能な通信ネットワークの下に、それぞれの機関は1ユーザーとして機能する。共用ネットワーク内に、それぞれの機関のアプリケーションに対応したネットワークがあり、通常時は個別専用ネットワークと同じ感覚で運用が可能である。非常時には、機関や地域を横断した通話(呼出・応答)が可能となり、関係機関が情報を共有することにより、現場の統合力が増加する。また、各機関が無線チャンネルを共用することで、呼損率を改善するとともに周波数の有効利用につながる。さらに、共同利用により、設置コスト、維持コストの低減が見込まれ、経済面でのメリットも大きい。

A無線カバレッジ
  無線カバレッジは、移動通信のユーザーにとって基本的な要求事項である。新しいネットワークは、従来ネットワークのユーザーごとに異なるカバレッジを統合した全国カバレッジ(Nationwide化)とし、加えて緊急時の現場活動で重要となる屋内カバレッジ(In-Building Coverage)を確保するため、携帯型無線機による屋内通信カバレッジを基本としてネットワーク設計が行われる。

B高度なセキュリティ性能
  警察、防衛等の機関が要求する高度な通信秘匿性に対応できることが条件となる。

C技術標準
技術標準の選定は、周辺諸国との相互運用性の面から重要課題であり、また、多くのベンダーが参入している技術標準は、機器の安定供給や競争によるコスト低減等のメリットがある。欧州で実現されている公共安全通信システムは、TETRAあるいはTETRAPOLのいずれかの技術標準に基づいているが、最近はTETRAが主流になっている。

Dマルチアプリケーション対応システム
  音声・データ・画像など多様な伝送モードに加えて、各機関の業務に対応したアプリケーションが展開できる柔軟なシステムが要求される。
図表2 従来アナログネットワークと新デジタルネットワーク
図表2 従来アナログネットワークと新デジタルネットワーク


3. 欧州諸国の公共安全通信ネットワークの整備状況

 主な公共安全通信ネットワークの諸元を図表3に示す。

図表3 主な公共安全通信ネットワークの諸元
国名
フィンランド
ベルギー
英国
ノルウェー
フランス
ネットワーク名 VIRVE ASTRID O2 Airwave Nodnett ACROPOL(警察)ANTARES(消防)
運用・維持 国有会社 国有会社 民間通信事業者に委託 国有会社  
カバレッジ フィンランド全土 ベルギー全土地下鉄路線 英国本島の99%人口カバー率100%ビル/トンネル内 ノルウェー全土ビル/トンネル内 フランス全土
技術方式 TETRA TETRAPOCSAG (PAGING) TETRA TETRA TETRAPOL
利用機関 消防、警察、防衛、社会福祉機関、沿岸警備隊 警察、消防、救急、 税関、国防、沿岸警備、公共安全機関、公共事業体 管区警察、交通警察、消防、救急、ロンドン地下鉄、原子力発電所、公共機関 警察、消防、救急、市民防衛、税関、ボランタリ支援、公共事業体 警察、消防
構成 基地局交換局 1,260(BS)
15(交換局)
435(TETRA BS)
225(POCSAG BS)
11(交換局)
3,500(BS) 1,150(BS)
200(交換局)
1,150(BS)
200(交換局)
端末 25,000 約40,000 約200,000 105,000(警察)
12,500(消防)
2,800(健康)
130,000(警察)
230,000(消防)
ベンダー システム N社 N社 M社 NS社
端末 N社ほか4社 CT社ほか3社 M社ほか3社 M社
その他 全緊急情報を「112」に統合 トランクド/ページャー・ハイブリッドシステム ロンドン地下鉄テロの教訓から、全路線カバレッジ工事を実施中 GSM-R と協調2011年完成予定  


4. 欧州における公共安全通信ネットワークの標準化の動向(NARTUS/PSC Europe)5

 NARTUS (European Platform and Roadmap for Future Public Safety Communication)プロジェクトは、欧州委員会(EU)の第6次フレームワークのIT分野の開発プロジェクトの一つで、公共安全通信システム及び公共安全情報管理システムの欧州及び国際的な融合に資することを目的として設置された。
  現在、各国の公共安全機関において、多様な技術システムが採用されており、機器レベルからアプリケーション/システム要求条件レベルに至る様々な場面で、相互運用が不可能、あるいは相互運用の範囲が制限され、緊急状況下の重要な局面において、調和の保たれたサービスの提供を困難にし、また国際的な統合システムの構築を妨げている。さらに、新技術のコストが増大しつつあることから、新規システムの適切な価格評価を必要としている。このような多元的な問題を解決するには、ユーザーの要求条件、技術的条件、アプリケーション等について、国際的な調和を行い、規格・仕様を統一することが有効である。
  これらの問題を解決するために、汎欧州(非EU加盟国を含む)プラットフォームを創設し、公共安全に関与する国際的レベルの利害関係者による論議を促進し、欧州及び国際的な合意に基づくロードマップを策定することを目的として、2006年6月にPSC Europe(Public Safety Communication Europe)フォーラムが設立された。活動期間は3年間で、2008年1月に開催された総会には、40か国から369名が参加した。欧州以外から、米国、カナダ、中国、韓国、インドなども参加している。フォーラムの目的として、次の事項が挙げられている。

 @ 技術的及び法的環境の調和を通じて、国際、欧州又は国内の相互運用性の改善方法を示すガイドラインを作成する。
 A 合意された事項は、欧州の上位の規格/仕様に反映させる。
 B 政策、規制、標準化を行う機関に対して、相互運用性改善に関するアドバイスを与える。
 C 公共安全通信及び情報管理システムの規格及び条件策定において、欧州のリーダーシップを維持する。


5. 終わりに

 国際通信経済研究所(当時)が、2006年度に実施した諸外国の公共安全通信ネットワークの動向に関する調査研究6の中で、欧州諸国が公共安全通信ネットワークのNationwide及び共同利用システムへの更新を積極的に進めていることに注目していた。今回の調査により、更に多く国で整備が進み、また将来の汎欧州ネットワーク統合化に向けての努力も行われていることがわかった。全国規模のネットワークの更新整備は、発案から完成まで10年を超える長い年月と多額の資金を必要とする国家プロジェクトであり、将来を見据えた広範囲にわたる技術検討、共同利用する機関間の調整、実動環境下における実証試験等を行いながら慎重に進められている。また、PSC Europeフォーラムに見られる欧州諸国の「競合から協調へ」の姿勢は、最近の欧州勢の強さの源になっている。


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1 http://www.tetra-association.com/
2 シェンゲン協定(Schengen agreement):欧州諸国における出入国管理政策及び国境システムを共通化するための協定で、アイルランドと英国を除くEU加盟国及び非加盟のアイスランド、ノルウェー、スイスの計28か国が調印し、24か国が施行している。協定加盟国間のボーダーポストや国境検問所は撤去され、共通のシェンゲン査証で出入国が可能である。
3 http://www.tetra-association.com/uploadedFiles/Files/Presentations/Belgrade07_Markets.pdf
4 GSM-R(Global System for Mobiles - Railway):GSMを基に、国際鉄道連合(UIC)が開発した鉄道用移動通信プラットフォームで、国際標準化により国境を越えた相互運用性を実現している。音声、GPRSをサポートし、グループ通話・優先通話・緊急通報など、TETRAに近い機能を持ち、時速500kmにも対応している。EU加盟諸国をはじめとする世界の鉄道会社で採用されている。周波数は、900MHz帯が使われている。(http://www.uic.asso.fr/
5 http://www.publicsafetycommunication.eu/
6 大野、甲田ほか「ハリケーン・カトリーナとスマトラ沖地震・津波に学ぶ緊急対応システムの在り方と諸外国の現状」平成18年12月 (財)国際通信経済研究所

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