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一般財団法人マルチメディア振興センターでは、ICT分野の発展に資することを目的として、ICT分野の政策・制度整備、市場開拓・拡大、技術発展、社会での利活用といった視点からテーマを設定して、調査研究を行っています。主要な研究テーマについては、研究報告書としてとりまとめています。
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2016.10.01

  • 最新研究
  • 藍沢 志津
  • 田中 絵麻
  • 七邊 信重

次世代ICT社会に向けた人材育成策とプログラミング教育の国際動向
-米国、英国、フィンランドにおける将来ビジョンと社会連携-

 近年、ICT技術のさらなる進歩により、人工知能やロボット、IoT(Internet of Things)を通じて物理的な世界(フィジカル)と仮想的な世界(サイバー)の融合が進み、第4次産業革命が到来するとの将来ビジョンに基づいて、国内外で次世代人材育成への取り組みが活発化している。日本においても、2016年6月に、「日本再興戦略」において、2020年から小学校におけるプログラミング教育の必修化を行うことが示されている。そこで、本報告書では、我が国の取り組みへの示唆を得るため、先進的にプログラミング教育に取り組んでいる米国、英国、フィンランドに着目し、次世代ICT社会に向けた人材育成策や、プログラミング教育の導入状況、学校内外におけるプログラミング教育や学習機会の状況について調査し、各国の特徴を分析した。
 第1章「米国のイノベーション政策とSTEM教育改革による次世代人材育成」では、米国におけるイノベーション戦略において人材育成が重視されていることを踏まえつつ、同国における教育の強み(大学・大学院の高い教育レベル)の維持と弱み(初等中等教育の理数系科目の達成度の低さ)の改善に向けた取り組みのうち、プログラミング教育の強化に向けた動向について分析した。
 米国では、2009年に発足したオバマ政権が、ブッシュ政権における問題意識を引き継ぎつつ、学校のブロードバンド接続やICT環境整備、初等教育前から高等教育までをカバーした各種施策を通じて、米国の教育内容の改善に取り組んだ。従来、米国では、教育分野においては州の権限が強く、連邦政府の役割は大きくなかったものの、国際競争力の低下に対する危惧を背景に、ブッシュ政権時から連邦政府による州への補助施策と合わせて小学校から高校までの学習内容の強化が進められた。
 ブッシュ政権、オバマ政権はともに、STEM(Science、Technology、Education、Mathmatics)と略される理数系科目の強化を重視している。なかでも、オバマ政権では、米国におけるイノベーションの活性化と新産業創出の一環に、人材育成が位置付けられており、「世界クラスの労働力を創出しつつ、次世代を教育し、21世紀型の知識とスキルを身につけさせる」ことが目標となっている。その施策として、公立学校の改革、奨学金の大幅拡充による大学教育の再構築、STEM教育の改善、学校のブロードバンド利活用環境の整備、コミュニティ・カレッジ向けの新たなキャリア・パスの開発、中等教育後向けの世界クラスのオンライン・コースの開発への投資、ハイテック分野への海外科学者や技術リーダーの参画促進等が進められた。また、こうした施策では、ブロードバンド利活用環境の提供や学習教材の提供・開発の面で、IT企業や通信企業、メディア企業等が積極的に協力している。
 また、2015年12月に、ブッシュ政権時の「落ちこぼれ防止法(No Child Left Behind Act:NCLB)」を大幅に改正した「全児童・生徒学業達成法(Every Student Succeeds Act:ESSA)」が発効した。同法では、学力テストの州の自主裁量を認めた点や、幅広い・豊かな教育に必要な科目構成(well-rounded education)のなかにコンピュータ・サイエンスが初めて位置付けられ、2016年度をNCLBからの移行期とし、2017年度からの新たな枠組みのもとでコンピュータ・サイエンス教育が拡充されるとみられる。
 第2章の「英国のコンピューティング教育における産官学連携とデジタル経済社会の展望」では、次世代社会の展望に基づいた教育改革によるコンピューティング教育の導入経緯を踏まえつつ、官民連携の状況や教師への支援等の取り組みについて、コンピューティング教育の開始から2年後の現地調査結果も踏まえて、分析した。英国では、創造性(creativity)を促し世界を理解し変革していくための知識とスキルが習得できるような幅広い教育を児童・生徒に与えることが必要であり、それによって培われるコンピュテーショナル・シンキングは、来るべきデジタル経済において活躍する人材にとって不可欠のスキルであると同時に、新しいデジタル社会を生きる人々にとっても基本的な素養であるとの認識が幅広く共有されている。
 こうした認識のもと、英国では、2013年に、ナショナル・カリキュラム(国家基準の教育課程)を改訂し、従来の情報教科「ICT」に代わり「コンピューティング(Computing)」が導入された。これにより、2014年9月から、5歳から15歳までの義務教育課程においてアルゴリズムの理解やプログラミング言語の学習を含むコンピューティング教科の指導が実施されている。カリキュラム改訂により、従来デジタルスキルやリテラシーに偏りがちであったICT教科の内容は、コンピュテーショナル・シンキングやそれによる問題解決能力を育成する内容へと発展している。
 コンピューティング教科の導入から2年が経過した現在の状況から、英国における取り組みの特徴は、①教育現場の教師の支援体制の充実と拡大、②特にプライマリースクールにおけるコンピュータを使わないコンピュテーショナル・シンキングの学習の充実、③産官学の協力体制の機能という三点に集約できる。①については、民間団体CAS(Computing At School)と英国コンピュータ協会(BCS)が主導して、現場の教師を支える地域における仕組みであるネットワーク・オブ・エクセレンス(NoE)を構築、その改善や拡大に注力している。また、CASのウェブサイトでは、オンラインでの情報交流のほか、各地域における教師同士のリアルな交流を支援、提供される教材(映像等も充実)も質・量ともに年々充実している。②に関しては、コンピュータを使わずに(unplugged)コンピューティングを学ぶことができる「Computer Science(CS) Unplugged」という教材が幅広く利用されている。③については、民間によるプログラミング技能普及事業「UK’s Year of Code」のほか、通信キャリアのBT によるボランティアによる初等教育向けワークショップを提供する「CAS Barefootプロジェクト」、公共放送BBCによるプログラミング習得用のミニ・コンピュータ「micro:bit」の開発と、中学生約100万人への無償提供が挙げられる。
 第3章「フィンランドのプログラミング教育・人材育成エコシステム」では、フィンランドのプログラミング教育の推進における有機的な協力関係である人材育成エコシステムに着目しつつ、2016年9月から実施されているプログラミング教育の現地調査結果も含め、同国の取り組みについて調査・分析した。フィンランドでは、現在、正規の学校教育の内外で、プログラミング教育が実施されている。公教育におけるプログラミング教育の目的は、単にコードを書く方法を教えることではない。身の回りにコンピュータがある世界を正しく理解するために不可欠な知識としてコンピュータ・サイエンスに関する知識を捉え、この知識を子どもたちに教えようとしている。
 2014年に、プログラミング教育が小中学校に義務として導入されることが発表された後、教師・学校は2016年からのプログラミング教育の指導準備を進めてきた。また、行政・大学・企業なども、教師用の勉強会やMOOC((Massive Open Online Courses))、学習素材などを提供している。コンピュータに詳しい教師が、学校の他の教師向けの教育も行っている。しかし、特に50代以上の教員にはコンピュータに不慣れな者もおり、教師用の教育機会が十分に活かされておらず、これらの教師への教育が課題になっている。
 現調査した学校の教室には、生徒数分のデスクトップPCが用意されていた。これらとビジュアルプログラミング・ソフトウェアを利用した教育も行われていたが、紙に書かれた課題(迷路を脱出したり数字を絵に変換する)や様々な形・色のパーツ、ビーズと糸などを使用する授業も行われていた。
 また、フィンランドでは、正規の学校教育の外側に、プログラミング教育・人材育成のエコシステムが存在する。ノキアやReaktorのような企業、Tekes(フィンランド技術庁)のような公共機関、Rails Girlsのような非営利団体などは、1980年代からプログラミング教育を実施してきた。また一部の子どもたちは、趣味的なゲーム制作・交流などを通して、実践的にプログラミングを学習してきた。正規教育の外側でのプログラミング教育を実践する企業やコミュニティは、プログラミングを用いて事業を行うデジタルサービス事業者に資金・情報・交流機会などを提供するアクセラレータやTekes、コンピュータ購入を後押しする政府、デジタルサービスに関心を持つ市民などと有機的な協力関係(エコシステム)を築いて、フィンランドでのプログラミング人材育成を推進している。
 本報告書の調査結果からは、米国、英国、フィンランドにおけるプログラミング教育の取り組みの共通点として以下の点が挙げられる。
・将来的な社会変化を見据えた人材育成の一環としてプログラミング教育を位置付け
・学校におけるカリキュラム改正によるプログラミング教育を導入
・教師への支援体制整備によるプログラミング教育の導入の円滑化
・学校外における民間企業の協力や非営利組織の活動による多様な学習機会の増加
・クリエイティブ産業振興との関連性
 一方で、各国における取り組みの特徴としては、米国ではプログラミング教育と質の高い雇用との連結、英国ではコンピューティング科目導入の理論的な検討、フィンランドでは人材育成エコシステムの形成があることを指摘した。日本における2020年からのプログラミング教育の検討では、以下の点において先進的な取り組みと方向感が共通すると思われる。
・次世代社会を見据えたプログラミング教育の導入
・学校教育と学校外の教育の両面からのアプローチ
・プログラミング教育における思考力や問題解決能力の涵養の重視
・学習段階に応じたプログラミング教育の提供
・感性やクリエイティビティ、価値創造との連関
 以上を踏まえて、欧米における先進的な取り組み事例から得られる示唆としては、短期的な視野でICT機器を導入するというハード整備に偏らずに、教員の支援や、良質な教材開発を含めて、中長期的にプログラミング教育のソフト面での改善や拡充を図ることが重要であると思われる。また、先進的な取り組みにおける、学校、政府や自治体、企業、非営利団体、市民が有機的な協力の構築プロセスについても参考になると思われる。プログラミング教育という新しい取り組みを、次世代の社会創造につなげていくためには、次世代ビジョンの共有と社会連携の構築という視点が重要になると思われる。

目次

第1部 次世代ICT社会に向けた人材育成策とプログラミング教育の国際動向

序章 欧米におけるプログラミング教育の動向
1 調査の背景-第4次産業革命とプログラミング教育拡充の活性化
2 プログラミング教育-次世代社会に向けた問題解決の思考法と環境整備の必要性
3 先進的なプログラミング教育の取り組みの調査視点-次世代ビジョンと社会連携
4 本報告書の構成

第1章 米国のイノベーション政策とSTEM教育改革による次世代人材育成
はじめに 米国の競争力強化とSTEM教育の位置付け
1-1 国際競争力の源泉としての人材とSTEM教育の位置付け
1-2 ブッシュ政権における国際競争力と人材育成の課題
1-3 オバマ政権のイノベーション戦略とSTEM人材育成政策
1-4 オバマ政権のコンピュータ教育改革と官民協力体制の構築
1-5 非営利組織・IT企業による学習ツール開発とエド・テック分野の活性化
おわりに STEM教育強化政策と実践プログラミング活動による次世代人材育成

第2章 英国のコンピューティング教育における産官学連携とデジタル経済社会の展望
はじめに 英国の学校教育におけるコンピューティング教科の導入
2-1 コンピューティング教科導入の背景と経緯
2-2 コンピューティング教科の内容
2-3 英国政府によるデジタル経済社会の展望
2-4 産官学連携によるコンピューティング教育支援
2-5 地域で教師を支える「ネットワーク・オブ・エクセレンス(NoE)」
おわりに 英国の産官学連携による教師支援ネットワークの深化と拡大

第3章 フィンランドのプログラミング教育・人材育成エコシステム
はじめに 欧州におけるプログラミング教育とフィンランドの位置付け
3-1 正規の学校教育におけるプログラミング教育
3-2 正規の学校教育の外側でのプログラミング教育
3-3 プログラミング教育・人材育成「エコシステム」とその背景
おわりに フィンランドのプログラミング教育・人材育成と日本への示唆

終章 先進的なプログラミング教育の特徴:将来ビジョンと社会連携

第2部 現地調査報告 英国・フィンランドのプログラミング教育の取組み

第1章 英国におけるインタビュー調査結果
1-1 コンピューティング・アット・スクール(Computing at School)
1-2 英国コンピュータ協会
1-3 キングス・カレッジ・ロンドン(King’s College of London)
1-4 BT(BT Plc.)
1-5 スワンブルン・ハウス・スクール(Swanbourne House School)
1-6 バロー・ヘッジズ小学校(Barrow Hedges Primary School)
1-7 VH Whizz Kids

第2章 フィンランドにおけるインタビュー調査結果
2-1 タンペレ大学(The University of Tampere)
2-2 ポリ大学コンソーシアム(University Consortium of Pori)
2-3 フィンランド技術庁(Tekes)
2-4 Jalavapuisto School(小学校)
2-5 Reaktor
2-6 アールト大学(Aalto University)

執筆者

田中 絵麻(情報通信研究部 主席研究員)
第1部:序章、第1章、終章
藍澤 志津(情報通信研究部 副主席研究員)
第1部:序章、第2章、終章、第2部:第1章
七邊 信重(情報通信研究部 上席研究員)
第1部:序章、第3章、終章、第2部:第2章